はじめに
令和2年施行の民法改正により、個人が事業用融資の保証人になろうとする場合には、原則として、公証人による保証意思の確認を経なければならないので(主債務者が法人である場合にその法人の取締役などが保証人となる場合には、この意思確認の手続きは不要です(民法465条の9))、親族知人が事業者の保証人になるケースは大きく減少していると思われます。ちなみに、この意思確認の手続きを経ずに保証契約を締結しても、その契約は無効となります(民法465条の6)。
しかし、同改正以前からの保証人契約が継続しているケースもまだまだあるかと思われます。そして、最近のわが国の経済は、原材料費や人件費の高騰などにより不安定な状況が続いており、事業者の倒産のニュースを時々耳にします。このような状況になると、保証人は、自己の所有する不動産などを売却してその資金で、債権者である銀行などに事業者の代わりに弁済する(保証債務の履行)こともあるでしょう。このような場合の税金について説明します。
1 所得税の特例
【設例】
- 主債務者のA法人の銀行借入の際にXは連帯保証を引き受けました。しかし数年後A法人は破産し、A法人の代表者Bも連帯保証人でしたが自己破産しました。
- Xは銀行から1億円の保証債務の履行を求められたので、20年前に2,000万円で購入した甲土地を1億円で売却し、その全額を銀行へ弁済しました。
- XはA法人とBへの求償権がありますが、両者ともすでに破産していますので、その行使の見込みはありません。
所得税法では、納税義務者に帰属するすべての所得を課税の対象にしていますので、Xは②により1億円-2,000万円の8,000万円が所得となり、通常は約1,600万円の税金となります。
しかし、計算上は甲土地の譲渡による所得が算出されますが、結果的にその所得を享受し得ず、事実上所得が伴わない者に対する課税は酷であるという制度上の配慮などから、所得税法第64条2項(以下、「本特例」とします。)により、保証債務を履行するための資産の譲渡(譲渡所得の対象となる借地権などの設定を含む)があった場合において、③のように、その履行に伴う求償権を行使することができないこととなったときは、その金額に対応する部分の所得はなかったものとみなされます。設例の場合においては、8,000万円分が「所得はなかったもの」とみなされますので、銀行に弁済した1億円分に対して実質的に所得は発生せず、税金もゼロになります。
本特例では次の二つが主要な要件になります。
1.求償権の行使不能
求償権行使の相手方である主債務者が事業回復の目途がたたず、破産などに委ねざるを得ない場合はもちろんのこと、主債務者の債務超過の期間が相当期間継続し、衰徴した事業を再建する見込みがないことなど、求償権の行使の見込みがないことが確実となった場合です。
2.保証債務の履行
民法に規定する保証人や連帯保証人の債務の履行があった場合に限らず、合名会社または合資会社の無限責任社員による会社の債務の履行なども含まれます。
2 確定申告における注意点
本特例の適用を受けるには、提出する確定申告書に、本特例の適用を受ける旨の記載があり、かつ譲渡をした資産の種類その他の事項を記載した書類の添付が必要です。詳細は以下のとおり省令で定められています(所得税法64条3項)。
所得税法施行規則第38条
法第64条第3項(資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例)に規定する財務省令で定める事項は、次に掲げる事項とする。
一 法第64条第2項に規定する譲渡をした資産の数量及び譲渡金額並びに保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった金額
二 主たる債務者及び債権者の氏名又は名称及び住所若しくは居所又は本店若しくは主たる事務所の所在地
三 保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった年月日
四 第1号に規定する資産の譲渡の年月日及び取得の年月日
五 求償権の行使ができないこととなった事情の説明
六 その他参考となるべき事項
以上のように本特例を適用するには、法令でさまざまな要件が定められ、多くの資料の提出が要求されますので、税理士への事前相談と、一連の保証債務の履行に係る資料の収集がとても大切になります。
税理士 村上和成