平井先生の労務のツボ

税務に関する問題

金融に関する問題

セミナー

検定

キラリ★この企業

電話でのお問い合わせ

お問い合わせ メールはコチラ

HOMEキラリ★ この企業 > 株式会社かわらや

株式会社かわらや 岐阜市今町 代表取締役社長 堀 謙一 氏 [2012.12.26]

かわらやの鮎を追い続けています

100年以上の歴史(創業 明治中期)をもつ鮎料理専門店の七代目。東京生まれ、東京育ちの堀社長の「岐阜の鮎」との出会い、鮎に生きる決意などを伺いました。

跡継ぎになる

「創業当時は、かわらやという屋号のとおり瓦葺職人の店でした」
 江戸時代以前、長良川の川湊が栄えた頃のこと。店の瓦葺職人や、店前を行き交う材木商やさまざまな職人たちに、当時のかわらやの女衆が店先で料理を作って振舞っていたことが料理業に携わることのはじまり。時代とともに瓦業は閉じ、いわゆるサイドビジネスが本業となったのです。
「驚きました。まさか自分が料理人になるとは」
 堀さんが大学に入学した頃、当時かわらやを継いでいた伯父、3人兄弟だった堀さんのお父様のいちばん上の兄が急逝。お父様が単身岐阜に戻り、急遽跡継ぎとなりました。それまでは「お父さんの実家は料理屋さん」という程度の感覚だったという堀さん。当然、大学を卒業したら普通のサラリーマンになるつもりでした。それが就職活動をしていたある日のこと。
「父とともに、築地で料理屋を営む父の上の兄である伯父に急に呼び出されましてね…」
 お前にもしやる気があるのなら…、とそこで初めて跡継ぎを示唆された堀さん。
「私は当時、おにぎりを握ることも、玉子を割ることも、ましてや菜箸の握り方など全くまともにできませんでした」
 と振り返ります。ですが、堀さんには「断る」という決断はありませんでした。

「意気込んでいたのでしょうかね」

 跡継ぎになると決め、東京で10年間の修行を経て岐阜に来たのが15年前。若かったこともあり、老舗を継ぐプレッシャーは「全くなかった」そう。味噌や焼きなどに自分なりの工夫を凝らし、老舗の味に新しさを加えていきました。
 そんなある日、馴染のお客様に「席に来るように」と呼ばれお座敷に出掛けてみると、開口一番「なんやこれは」の一言。まさかそんな声が投げかけられるとは思わず、何のことでしょうかと恐るおそる尋ねてみると「私はこれを食べにきたんじゃない」と、さらに痛烈な一言。かわらやの客は、受け継がれた「かわらやの鮎」の味を楽しみにしてきているのだと。
「私は大きな間違いをしていました。東京で修業した感覚をどこかに取り入れることで自分流をアピールしようと焦っていたのかもしれません」
 鮎を守る、かわらやの鮎の味を守る。それが自分の役目。その時ようやく本当の「跡継ぎとしての覚悟」ができた、と堀さんは思い返します。
「とにかく鮎を見分ける目を養わなければ」
 当時の板長に習って「かわらやの鮎」を目利きできるよう、来る日も来る日も必死になり、あっという間の十年余が過ぎました。
「近頃競りに立つと、うちの膳に乗る鮎が香ってくるんです」
 鮮度、色、形…苔や川の独特な香をはなった鮎に自然と吸い寄せられ、他の店はその鮎を「それは堀さんの鮎や」と遠慮してくださるそう。
 堀さんには自信があります。
「それが、かわらやの鮎なのです」

 

▲代表取締役社長 堀 謙一 氏
COMPANY DATA

株式会社かわらや

住所/岐阜市今町4丁目15

TEL/058-262-1530
FAX/058-265-7887

事業内容/料亭 水産食品製造業

ホームページアドレス/
http://www.kawaraya-gifu.jp/